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社員 奮闘記ブログ

自分自身への挑戦、困難を乗り越えた先にあるやりがい

2019.3.27

社員インタビュー

新山正昭は、2001年(平成13年)に、エイチエフユナイテッドの前身である日比建設に入社した。

前職で、リーダー的ポジションを担うまでになったにもかかわらず、転職を決意した背景には、自分自身への挑戦があった。

1. 土工職人になるまでの軌跡

初めて就いた職は、自衛隊だった。そこでは厳しい訓練の中、身体と精神を鍛えていった。けれども、この先の社会を生き抜くためには、やはり手に職をつけなければと考え、思い切って自衛隊を除隊。新山は学生に戻って、インテリアデザインの専門学校に入学した。

卒業後、内装工事の会社に入社。会社で主に引き受けた業務は、デパート内のテナントショップの内装だった。自分たちが施したことにより、無機質だった空間がみるみるうちに、コンセプトが詰め込まれたインテリアに生まれ変わっていく。

そこでの仕事に、やりがいは十分に感じられた。しかしながら、もっと専門的な分野へと足を踏み入れたくなり、その後は、土工職人の道に進む決意をした。

次は、日比建設からの業務を請け負う会社へ入社した新山。内装工の時とは比べ物にならないほど、扱う業務の規模は大きく、仕事へと夢中になった。数年後にはリーダーになるほど、高いスキルを身につけたものの、それだけでは満足しなかった。

「もっと高みを目指したい」。

自身の思いが、転職へと駆り立てた。後日、新山は日比建設に「入社させてほしい」と直談判。こうして入社をして、今ではエイチエフユナイテッドで、たった1人の土工職人となった。

2. 困難を乗り越えた先にあるやりがい

パレスホテル東京の基礎工事を担当した際には、厳しい納期設定の中、何とか期日に間に合わせようと必死に作業を続けた。時には休憩時間を返上したり、昼食の時間も削ったりして、日々仕事に励んだ。通常は17時に作業が終わって会社に戻るが、その基礎工事を施工していた時期は、毎日20時くらいまで現場に残ったのだ。

仕事が終わりそうにないと思い、くじけそうになった瞬間も。それでも、土工の仕事が好きだという気持ちが、自身を前向きにさせ、諦めずに取り組むことができた。

  • 無事に建物が完成した時、新山は大いに喜びをかみしめた。見上げるほど巨大な、その建物を支えているのは、紛れもなく自分たちが造り上げた土台である。エイチエフユナイテッドに入ってからは、前に同じ会社で所属していたメンバーたちに、今度は指示を出す立場となり、自身が担う責任が増大した。だが、今回の業務では主体的に関われたため、自身にとってより大きな達成感を得られたのだった。

3. プロとしてのこだわり

そんな新山も、かつては自分の判断を悔いた時があった。以前、1人の作業員が行った仕上げに粗さが目立った。許容範囲ではあるものの、納得がいかない。しかし、あまり細かく指導していては、メンバーのモチベーションが下がるかもしれないと悩んだ末、その部分は修正せずに完了させてしまったのだ。ところが、すべて終えた現場を見渡すと、どうしても例の部分に目が行ってしまう。

「やはり、あの時にきちんとやり直させるべきだったと思いました」。

それ以来「言わないよりは、言って後悔したほうが良い」と考えるようになった新山。そういったジレンマには苦しむが、責任ある立場上、また職人として可能な限り妥協はしたくないと思うのである。

4. 尽きることのない成長意欲

少しでもさらに良い仕事をするために、監督の考えを察して、指示される前に的確に動くよう心掛けている。それが、現場をスムーズに回す近道となる。そういった行動をすぐ行うためには、監督とはもちろんメンバーとも、しっかりとコミュニケーションを取るよう努めていきたい。新山の目下の目標だ。

加えて、若い社員たちに伝えたい思いがある。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥と言います。わからないことがあったら、その日のうちに解決してもらいたいです」。

もし、問題を翌日に持ち越せば、解決するチャンスを失ってしまうかもしれない。そうすることで、成長の機会を逸してしまうだろうと、新山は考察している。

自身は社会人としての1歩を踏み出した日から、気持ちを高め続け、経験したすべてが糧となり、やがて今につながっている。向上心を絶やさない姿勢を若い世代に伝えながら、新山はこれからも土工職人として、第一線を走り続けていくことだろう。

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